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2020年1月11日(土)、アートエバンジェリスト協会主催イベント「東海七福神めぐり 家康が開いた東海道沿いの歴史ある七福神を巡る」に参加してきました!

毎年恒例となりました協会の新春イベントでは、お参りだけでなく、江戸風俗研究家の藤浦正行先生のご案内で史跡探索も楽しめちゃいます!

今回は旧東海道の品川から大森までを歩く「東海七福神めぐり」。

各寺社の七福神像がご開帳されるお正月の期間のみ、限定の御朱印や七福神像と宝船をいただくことができます(令和2年の東海七福神は元日より1月15日まで。ご開帳期間は地域、年により異なりますので必ずご確認を)

私は趣味で御朱印集めをしておりますが、自前の御朱印帳に直筆で頂くと時間がかかってしまうので、今年も昨年に引き続き七寺社お巡り用の色紙に印を頂くことにしました。

(過去の七福神めぐりについてはAE-Slonのイベントレポートをご参照ください)

13時に京急線新馬場駅北口に集合し、藤浦先生から東海七福神めぐりのご由緒などのレクチャーを受け、さっそく目の前にある品川神社へ。


品川神社は、1187年に源頼朝によって創建されたという歴史ある神社。

登ると見晴らしの良い富士塚など、見所が多い神社です。

祀られる七福神は、頭巾を被って打出の小槌をもち、大きな袋担いでいる姿でお馴染みの大黒天。財運・福徳開運の神様です。

駅前に戻り、北馬場参道通り商店街を歩き左に折れると、大きなお腹の布袋さまを祀る養願寺があります。

布袋さまは大度量(何事にもとても寛容である)・笑門来福の神様です。

養願寺の御本尊は福徳智恵のご利益を授かる虚空蔵菩薩。虚空蔵菩薩は丑年と寅年生まれを守ってくれる菩薩様でもあります。丑年生まれの私、念入りにお参りしておきました。


養願寺の門前の細い道を抜けると、旧東海道に出ます。

そして正面に寿老人を祀る一心寺が。

「品川成田山」と書かれた提灯が下がっています。千葉成田山を大本山とする真言宗智山派のお寺で、不動明王を御本尊としています。


旧東海道を南に歩みを進めると、江戸時代に大名や公家が宿泊所にした品川宿本陣跡である聖跡公園が。

山手通りを越え、目黒川にかかる橋を渡る前に右手に折れると、709年に創建されたという荏原神社に到着。

天皇家ともゆかりの深いこの神社。祀られる七福神は、右手に鯛を抱えて左手に釣竿を持つ商売繁盛と清廉の神様、恵比須さまです。


お参りをして旧東海道に戻り、青物横丁商店街をしばらく歩くと、毘沙門天を祀る品川寺が右手に現れます。

品川寺と書いて「ほんせんじ」と読みます。

入ってすぐ、大きな地蔵菩薩さまがいらっしゃいました。東京都の指定有形文化財であり、江戸六地蔵の一つに数えられる《銅造地蔵菩薩坐像》です。

江戸六地蔵菩は、宝永三年(1706)、不治の病を患った江戸深川の地蔵坊正元が地蔵菩薩に祈願したことにより病気が治ったことから、京都の六地蔵に倣って江戸市中6ヶ所に造立した地蔵菩薩。深川にあった永代寺の地蔵菩薩像が廃仏毀釈で取り壊されたため、現在残っているのは5体。品川寺の地蔵菩薩が一番古く、宝永五年(1708)の造立とのことです。

門をくぐっていきますと、左手に梵鐘が見えてきます。

こちらの梵鐘、慶應三年(1867)にパリ万博に出品された後に行方不明となり、後年ジュネーヴで発見され、60年を経て昭和5年(1930)に日本に帰ってきたという、異例の経歴を持っています。品川寺の側の「ジュネーヴ平和通り」の名はこのことに由来しているんですね。

梵鐘を囲む七福神の石像や、大イチョウ、実際につくことができる小さな梵鐘など、見どころが多いお寺でした。


さて、次の目的地に向けて歩みを進めますと、立会川に差し掛かかります。

ここには「なみだ橋」と呼ばれる橋が架かっています。

実はこの先に、鈴ヶ森刑場があったんですね。時代劇がお好きな方はご存知かもしれませんが、火付けなどの罪を犯した重罪人が処刑された刑場です。

元々は浜川橋という名前でしたが、鈴ヶ森刑場へ送られる罪人が親族と最後の別れをするのがこの橋だったそうで、いつしか「なみだ橋」と呼ばれるようになったのだとか。


ここでちょっと寄り道。

なみだ橋を渡らずに手前で右に折れまして、商店街に入っていきます。

すると、なぜか凛々しく立つ坂本龍馬像が!

この近くには土佐藩の下屋敷があり、海岸には土佐藩が警備する「お台場」があったそうで、龍馬も一時期この台場に勤務していたそうです。


七福神めぐりに戻りまして、なみだ橋を渡ってすぐ、人望御縁の神様・福禄寿を祀る天祖諏訪神社に参ります。

こちらの天祖諏訪神社は、元は立会川を挟んで神明宮と諏訪社に分かれ、東京湾に面して並び建っていたのが昭和40年(1965)に合祀されたのだそう。


福禄寿の木像にほっこりした後、しながわ区民公園で休憩を入れ、最後の七福神・弁財天を祀る磐井神社を目指します。

途中、大森海岸駅近くの鈴ヶ森刑場跡に立ち寄り、お線香をあげてきました。

恋人に会いたい一心で自宅に火をつけた八百屋お七も、ここで火あぶりにされました。

歌舞伎の演目『樟紀流花見幕張』(くすのきりゅう はなみの まくはり)の主人公にもなった丸橋忠弥が、幕府転覆を図ったとして磔にされた石台も残っています。

処刑は見せしめ。多くの人の目につくよう、こうして街道沿いで行われたのですね。


さて、さらに南へ歩みを進めてようやく最終目的地、磐井神社に到着です。

1400年以上の歴史を持つという磐井神社。江戸時代後期に刊行された『江戸名所図会』にも「鈴森八幡宮」として描かれています。

小さい子供がじゃれついている狛犬が可愛かったです。


お参りを終え、時計を見ると16時を回ったところでした。

レクチャーを挟みつつ、お喋りしつつ歩いた3時間はあっという間でした。


そのままJR大森駅近くの大衆居酒屋で新年会に突入。

新しい年の幕開けに、神様の前で姿勢を正して、日々の感謝と願い事をする。

縁起の良いものに触れ、歴史に触れ、今年一年頑張ろうという気力が湧いてきました!

どうもこんにちは。
michiru labo所長の橘高(きったか)です。
珍しい苗字とよく言われます。
一人で勝手に始めたこの研究所。一人親方ならぬ一人所長です。

さて、「アートの楽しさを伝えたい」「アートを面白がる仲間を増やしたい」という思いから活動しているワタクシ。michiru laboを始めるにあたり、今一度「アートって何だ?」というところを自分なりに捉え直してみることにしました。

ここ数年、アートの楽しさを伝える伝道師”アートエバンジェリスト”として活動したり、千葉市美術館でボランティアとして教育普及活動に参加させていただいたりする中で、現時点の自分が行き着いた考えは

「アートとは、人生をより豊かにするための『気づき』を与えてくれるものである」
というものでありました。

アート作品や美術品と呼ばれるものをじっくりみていると、色んな発見を得られることがあります。

そうした発見、『気づき』というものは、実は普段の日常の中に転がっているのですが、灯台もと暗し。意外と身近なところにあるものほど気づかないものです。

ところが、それを見過ごさない、あるいは性分的に見過ごせない人たちが世の中にはいるのです。

『気づきの感度が高く、気づいたそれを客観視できるよう何らかの形(作品)に変換し、他者に伝える(他者と分かち合う)べく表現活動をしている人たち』

「何らかの形(作品)」というのを、小説だったり映画だったりという形で表現する人たちは小説家や映画監督などという呼ばれ方をするわけで、アート作品として発表する人はアーティストと呼ばれる。表現方法の違いで肩書きが変わるというだけで、根本は同じなんじゃないかと思います。

もしかしたら「他者に伝える(他者と分かち合う)べく」という所は否定するアーティストもいるかもしれませんね。実際、表現活動をしている知人で「自分のために作ってる」と言い切ってる人もいます。でも、作品を他者の目に触れさせた時点でコミュニケーションを取ろうとしていることになると思うんですけども。

そう、作品というのはコミュニケーション媒体でもあるんですよ。

……ちょっと話が長くなってきたので、続きは近日。

当サイトへようこそ!


アート鑑賞の楽しさを伝える伝道師「アートエバンジェリスト」として活動しております、橘高(きったか)あやです。


この度、アートエバンジェリスト協会認定インストラクターの試験に合格しました!

これから美術鑑賞を趣味にしたいな、とお考えのアート初心者の方に向けた楽しい講座や、

美術館での鑑賞がもっと楽しくなるような知識が得られる講座の講師として、

また、対話を用いた鑑賞ワークショップのインストラクターとして、

活動の幅を広げていきたいと思います。


どうぞよろしくお願いいたします!